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東京地方裁判所 平成11年(ワ)15714号 判決

原告 長谷川聡

原告 有限会社畠製作所

右代表者代表取締役 畠辰宏

右二名訴訟代理人弁護士 山岸文雄

同 山岸哲男

同 山岸美佐子

被告 中嶋堅

被告 中嶋惇夫

被告 中嶋則子

右三名訴訟代理人弁護士 伊関正孝

主文

一  被告らは、原告長谷川聡に対し、各自金一五〇万円及びこれに対する平成一〇年一一月一日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告有限会社畠製作所に対し、各自金八五〇万円及びこれに対する平成一〇年一一月一日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

三  原告有限会社畠製作所の被告らに対するその他の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

五  この判決の原告ら勝訴部分は、仮に執行することができる。

事実

第一原告の請求

一  主文第一項と同旨

二  被告らは、原告有限会社畠製作所に対し、各自金八八五万一五〇〇円及びこれに対する平成一〇年一一月一日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  原告有限会社畠製作所(以下「原告会社」という。)は、装飾工事の請負等を業とする有限会社である。

2  原告長谷川は、店舗工事の設計及び設計監理等を業とする者である。

3  株式会社オーバービートは、飲食店等の経営を目的とする株式会社であり、被告中嶋堅は同社の代表取締役、被告中嶋惇夫及び被告中嶋則子はいずれも同社の取締役である。

4(一)  原告長谷川は、平成一〇年九月一一日に、株式会社オーバービートの依頼に基づき、同社から、東京都港区六本木四丁目八番一二号志成ビル地下一階所在の「バー・FAKE」(以下「本件バー」という。)の内装工事ほかの設計・設計監理、家具コーディネイト、名刺・ダイレクトメール等の制作の仕事を、報酬額は全体工事費の一二、三パーセントか最低一〇〇万円とするとの約束で請け負った(以下、原告長谷川が請け負った仕事をまとめて「本件設計等」という。)。

(二)  同年一〇月七日に至り、原告長谷川とオーバービートとの間で、報酬額は一五〇万円、これを平成一〇年一〇月末日までに支払う旨合意された。

5  原告会社は、同年一〇月七日に、オーバービートから、原告長谷川を通じて、本件バーの内装鉄工事(以下「本件内装鉄工事」という。)の注文を、工事代金八五〇万円(消費税別)で受け、翌一〇月八日にこれを承諾した。右承諾の事実は、同年一〇月九日に原告長谷川からオーバービート代表者の被告中嶋堅に伝えられ、同人もこれを承諾した。

完成引渡日は平成一〇年一〇月二六日、請負報酬の支払期日は同年一〇月末日限りと定められた。

6(一)  原告会社は、本件内装鉄工事を完成し、平成一〇年一〇月二六日にオーバービートに引き渡した。

ただし、一〇月二六日の引渡しの際、原告会社は外階段扉及びエアコン取付工事を残工事として同日以降に仕上げをすることを認められ、右各工事を同年一一月七日に仕上げた。

(二)  原告長谷川は、本件設計等を完成し、オーバービートに引き渡した。

7(一)  オーバービートは、平成一〇年一〇月二五日に、原告らに対し、右各請負代金を同年一〇月末日には支払う旨約した。

(二)  しかし、オーバービートは、右各代金を支払わず、かつ、その支払能力もない。

8  被告中嶋堅は、オーバービートの代表取締役として、確たる支払のための資金計画及び予算措置のないまま、原告らに本件設計等及び本件内装鉄工事を発注し、これらを完成させた。

被告中嶋堅には、右各仕事の発注及び各請負契約の締結について、オーバービートの代表取締役として職務を行うについて悪意又は重大な過失があった。

9  被告中嶋惇夫及び同中嶋則子は、いずれもオーバービートの取締役として、代表取締役の業務執行について監視すべき義務を負う。

本件では、このような無責任な「FAKE」事業家を取締役に就任させてはならないし、少なくとも一〇〇万円を超える外部取引をさせてはならない義務があるのに、右被告らは、これらの義務に違反し、とりわけ右8の被告中嶋堅の行為を放置した。そして、右被告らには、その職務を行うについて重大な過失があったというべきである。

10  よって、原告らは被告らに対し、商法二六六条の三第一項の規定に基づき、原告らが受けた損害(各代金額とこれらに対する支払期日の翌日である平成一〇年一一月一日以降の商事法定利率年六パーセントの割合による各遅延損害金)を連帯して支払うことを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1から3までの事実は認める。

2  同4のうち、オーバービートが原告長谷川に対し本件設計等を依頼した事実は認めるが、代金額及び支払期日は否認する。

3  同5の事実は否認する。

オーバービートは原告会社に本件内装鉄工事を発注したことはない。

4  同6について

(一) 同6(一)の事実は否認する。

オーバービートは、工事が完成しないまま平成一〇年一〇月二八日にオープンし、その後も完成まで日中の工事が続いたものである。

(二) 同6の(二)の事実も否認する。

原告長谷川は、現場にほとんど来ないばかりか、他の業者が確認を必要としても連絡がつかない状態が続き、本件設計等の仕事を満足にしなかった。

5  同7の事実は否認する。

6  同8、9の事実も否認する。

三  被告らの主張(請求原因に対する反論)

1  オーバービートは、本件設計等及び本件内装鉄工事の全体を、原告長谷川に依頼したものである。その際、オーバービートは、原告長谷川に対し、平成一〇年一〇月二六日が開店予定日であること、施工業者の手配も原告長谷川がすること、工事代金(什器備品を含む。)の予算としては、建物の保証金を含めて一二〇〇万円以内とすることを求め、原告長谷川はいずれも了承した。

2  ところが、原告長谷川は、業者の選定すら全くできなかったので、オーバービートはやむなく、原告長谷川に対し内装工事業者として有限会社クリエイトプレイスを、電気設備業者として株式会社アシュカを紹介した。

3  しかし、原告長谷川は、平成一〇年九月末ころになって、独自に業者を手配すると言っていた内装鉄工事業者からの伝言として、二〇〇〇万円の見積を口頭で伝えてきた。オーバービートはこれを拒否したが、原告長谷川の進言を容れて、大幅に店内から鉄工事部分を削除することにした。

4  同年一〇月二六日に、被告中嶋堅は、現場で初めて原告会社代表者を紹介され、同人から八五〇万円の見積書を見せられて、工事請負契約書に押印を求められた。しかし、本件内装鉄工事を依頼したのは原告長谷川に対してであり、金額も当初の依頼を超過した金額であったことから、オーバービートは、妥当な金額であれば原告長谷川を通じて支払うが、現実になされた鉄工事の内容に対し八五〇万円では話にならない、再検討を求める旨伝えてその場は散会したものである。

5  結局、本件は、独立したての原告長谷川が、仕事の成功を急ぐあまり、被告中嶋堅との間で明確な取決めがないままに、同被告を説得できるであろうとの甘い判断で、先行して原告畠製作所との間で八五〇万円の仕事を取り決め、被告中嶋堅に対し強引にこれを承諾させようとした事案と考えられる。そのため、原告長谷川は、原告会社と被告中嶋堅との接触を極力避けていたものである。

原告長谷川の無思慮は、二三七五万円という非常識な見積書の提出からも十分にうかがうことができる。また、全行程を通じて原告長谷川の段取りは極めて悪く、同原告はその後その点について謝罪した。

以上の経緯から、被告中嶋堅には本件について職務を行うについて悪意又は重大な過失はない。

6  また被告中嶋惇夫及び同中嶋則子は新潟にいるものであるが、本件の一切に無関係であるばかりか、被告中嶋堅に商法二六六条の三第一項に基づく責任が成立しない以上、監視義務違反を論ずるまでもなく被告中嶋惇夫及び同中嶋則子には何ら責任はない。

四  被告らの主張に対する原告らの反論

被告らの主張は争う。原告会社が本件内装鉄工事を受注した経過は次のとおりである。

原告長谷川がオーバービートから依頼された内容は、鉄をテーマにして内装を設計してほしいというものであった。そこで原告長谷川は、原告会社に依頼して見積書(甲六)を作成してもらい、平成一〇年一〇月七日ころこれをオーバービートに届けた。同会社代表者の被告中嶋堅は、これを見て、金額が高すぎること、工事予算は一五〇〇万円以内に収めたいと述べた。その意を受けて作成されたのが甲三の見積書であり、これがオーバービートに届けられ、同会社はこれを了承したものである。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  事実経過

1  証拠(甲一の1から11、二の1から6、三、六、七、八の1から3、九から五八、六〇から六二、乙一、三、証人大野太治、原告長谷川、原告会社代表者、被告中嶋堅)と弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  原告長谷川は、平成一〇年から内装設計の仕事を個人で始めた者である。同原告は、同年七月下旬、知人から、六本木でバーを経営する被告中嶋堅が新会社を設立して新店舗を出す計画があることを聞き(同被告は同年八月四日にオーバービートを設立した。)、八月一七日にオーバービート代表者の被告中嶋堅と会った。同被告は、店舗の内装設計を原告長谷川に依頼することを検討する旨述べるとともに、内装は鉄を主体としたものにしたい旨の希望を述べた。

(二)  同年八月一九日、原告長谷川と被告中嶋堅は、本件バーを開店する予定建物(ビルの地下一階)を調査し、同月二二日に、原告長谷川が同被告に工事単価は坪五、六〇万円かかる旨連絡したところ、同被告は、もっと安くしてほしいと希望するとともに、八月末までに内装設計の基本プランを提出するよう求め、それが原告長谷川に設計を依頼するための条件である旨述べたので、同原告はこれを了承した。

(三)  八月三〇日深夜、原告長谷川は被告中嶋堅に会い、平面図等を示して同原告の設計プランを説明した。被告中嶋堅はこのプランを了承し、原告長谷川が図面を仕上げた段階で、設計契約を締結する意向を述べた。

(四)  九月四日、原告長谷川、被告中嶋堅、同被告の友人松本直勝、知人の大野太治(内装工事業を業とする有限会社クリエイトプレイスの代表者)らが集まって打合せを行った。その後、原告長谷川とオーバービートの島崎智弘との間で打合せが行われ、島崎からプランの変更が指示された。また、島崎から、家具の選定調達の依頼がされたので、原告長谷川は追加の仕事としてこれを引き受けた。

(五)  九月一一日、原告長谷川は、被告中嶋堅及び島崎と打合せを行った。その席で、被告中嶋堅は、自分は本件バーのオーナーであるが、実際の仕事は島崎がすること、工事費等の予算的な取決めは同被告自身としてほしい旨述べた。そして、被告中嶋堅は、店舗内装の設計のとりまとめを原告長谷川に依頼するとの意向を最終的に表明した。これに対し原告長谷川は、設計費用として、全体工事費の一二、三パーセントか最低一〇〇万円は保証してほしい旨述べたところ、同被告も基本的にはこれに同意した。

(六)  九月三〇日、原告長谷川は、島崎から、本件バーのマネージャーに決まったという黒田信康を紹介された。原告長谷川の設計図面は九月二四日までには出来上がっていたが、その後黒田から設計変更の指示をたびたびされ、その都度訂正の図面を作製していたので、なかなか最終的な図面を確定させることができなかった。原告長谷川が作製した図面は七〇枚余に上る。

(七)  一〇月三日、原告長谷川は知り合いの業者から原告会社を紹介してもらい、見積を依頼した。一〇月七日に原告会社から原告長谷川に見積額二三七五万九五七五円の連絡があったので、原告長谷川は直ちに本件バーの上階にある被告中嶋堅の事務所を訪ね、同被告に同金額を伝えた。被告中嶋堅は、工事金額は一五〇〇万円だと言ってあるではないかと述べ、金額を削減するよう求めた。そして同被告は、右の数字は、工事費、設計費、開店広告費等を含めた出店費用の総額である旨説明した。そこで原告長谷川が、鉄工事代八五〇万、同原告の設計費用一五〇万円でよいかどうか尋ねたところ、被告中嶋堅はそれを了承し、すぐ鉄工事にとりかかるよう求めた。同被告によれば、支払期日は一〇月末日現金払ということであった。

そこで、原告長谷川は、原告会社と折衝し、一〇月八日に原告会社から八五〇万円で工事をする承諾を得た。原告長谷川は、同月九日に被告中嶋堅に会い、原告会社から八五〇万円で了承を得たこと、見積書は出来次第届けること、工程に余裕がないので原告会社が早急に現場に入りたいことなどを告げ、同被告の了承を得た。

一〇月一四日にも、原告長谷川は被告中嶋堅に会い、原告長谷川の設計料と原告会社の工事代金は一〇月末日現金払とすることが再確認された。

(八)  原告会社は、一〇月一〇日から工場で部材加工作業を始め、一〇月一五日に加工した部材を現場に搬入し、組立工事を開始した。なお、被告中嶋堅は、開店を一〇月二八日に予定していた関係で、原告会社の鉄工事を一〇月二六日までに完成させるよう指示していた。

一〇月一七日ころには原告会社の見積書(甲三)が出来上がったので、原告長谷川が被告中嶋堅を事務所に訪ね、その原本を手渡した。この見積書は、原告会社からオーバービート宛、合計金額が八五〇万円の一〇月一七日付けのものであった。

(九)  原告会社代表者畠辰宏は、被告中嶋堅との面会をたびたび申し入れ、ようやく一〇月二五日午後原告長谷川とともに同被告に会うことになった。原告らは、その席で各請求書(原告長谷川が甲六二、原告会社が甲六一。)を差し出し、被告中嶋堅のサインをほしい旨申し出た。すると、同席していた松本直勝は、見積書も提出せずにいきなり請求書をつきつけるのかなどと語気荒く述べたので、原告長谷川が、原告会社の見積書は既に被告中嶋堅に届けていること等を説明したところ、同被告は、原告会社の見積書は見ていることを渋々認めた。

そのようなやりとりの後、被告中嶋堅は、請求書に署名することは拒んだものの、一〇月二六日朝までに工事を仕上げれば、代金は月末に支払う旨述べたので、畠は了承して退出した。

その後、被告中嶋堅や松本は、工事が遅れたことを難詰したので、原告長谷川は、自分は施工管理を依頼されていないので責任はないこと、工事の遅れも、度重なる設計変更によるものであることなどを弁明した。

(一〇)  原告会社は、一〇月二六日朝までに請け負った工事のうち、工事費削減のため部材発注が遅れた三工事を除く工事を完成させた。右三工事については、原告会社は被告中嶋堅の了解を得て、これを一一月七日までに仕上げた。

他方、原告長谷川は同月二八日までに追加発注を受けた家具コーディネート関係の家具の搬入を終えた。

(一一)  その後原告らは、被告中嶋堅の要請で、原告会社が施工していない部分についての補修工事を行ったが、原告らに対しては各代金は全く支払っていない。オーバービートは、他の支払はすべて済ませており、支払をしていないのは原告らに対してだけである。

(一二)  被告中嶋堅は、本件バーの開店のための総費用としておおむね一二〇〇万円を予定しており、これらの資金は、すべて三人の出資者からの被告中嶋堅個人の借入金でまかなう予定であった。

オーバービートが本件バーを開店するに当たって支出した費用は、次のとおりである。

(1) 店舗の賃借に関する費用 約三六〇万円

(ア) 保証金 二五〇万円

(イ) 仲介手数料 三〇万円

(ウ) 家賃、共益費、光熱費の一〇、一一月分 約八〇万円

(2) 内装費(クリエイトプレイス) 約二九〇万円

(3) 照明・音響機器(アシュカ) 約一六〇万円

(4) 家具 約一四〇万円

(5) 厨房器具 五三万七〇〇〇円

(6) 製氷機 約四〇万円

(7) アルコール類の仕入 六〇万円

(仕入先に対する支払は、末締めの翌月末支払の約定であった。)

(8) その他の食材の仕入 五万円

(9) 広告宣伝費 五〇万円

(この費用は、原告長谷川に支払った。)

(10) 解体工事費 支出したが不明

(11) 電子レンジ、冷蔵庫、砕氷機等 支出したが不明

(12) 食器 支出したが不明

(13) 人件費(開店までに必要なもの) 約七〇万円

(九月以降黒田を雇用したので、九、一〇月分として)

2  右1のように認定することができるところ、被告らは、これに反する主張を種々しているので、以下において検討する。

(一)  被告らは、オーバービートは本件設計等と本件内装鉄工事とを併せて原告長谷川に依頼したと主張する。

しかし、原告長谷川は内装設計を業とする者であって工事業者ではなく、また、原告会社は、平成一〇年一〇月一七日ころにオーバービート宛の本件内装鉄工事に関する見積書をその代表者である被告中嶋堅に提出し、同被告もそれを認識しつつ、特段異議を述べることなく、原告会社による本件内装鉄工事の続行を容認していたものであるから、被告中嶋堅は、それ以前から本件内装鉄工事についてはオーバービートと契約関係に立つのは原告会社であると認識していたものと認められる。

(二)  また、被告らは、施工業者の手配も原告長谷川が行い、工事代金(什器備品、店舗保証金を含む。)の予算としては一二〇〇万円以内とすることを原告長谷川は了承していたと主張する。

しかし、前記1に認定の事実経過に照らし、原告長谷川が工事全体を監理する立場にあったとは認められず、被告らの主張するような金額の提示を受けこれを承諾していたとも認められない。

(三)  被告らは、原告らからは事前に甲三の八五〇万円の見積書の提出はなかったと主張し、乙一及び被告中嶋堅の供述中には右主張に沿う部分がある。

しかし、前記1のとおり、その他の各証拠により、一〇月七日の原告長谷川と被告中嶋堅との話合いの際、同被告が本件鉄工事代金を八五〇万円とすることに同意したことから、原告らは工事金額を八五〇万円に減額すべく急遽打合せを行ったこと、その結果、原告会社は同工事を請け負ってもよいとの結論に達したことから、一〇月九日に原告会社の意向を原告長谷川が被告中嶋堅に伝えたこと、そこで、見積書なしで工事に着手することになったことを優に認定することができる。右の事実に照らすと、見積書の提出に関する原告長谷川及び原告代表者畠の各供述は信用することができ、これらによれば、甲三の見積書は一〇月一七日ころに被告中嶋堅に提出されたものと認めることができる。

(四)  被告らは、原告長谷川は本件設計等の仕事を満足にしなかったと主張する。しかし、前記1の事実経過によれば、原告長谷川は契約の本旨に従った履行をしたものと認めるのが相当である。

(五)  その他、乙一及び三中並びに証人大野太治の証言及び被告中嶋堅の供述中、前記1の認定事実に反する部分は、いずれも採用することができない。

3  そこで、前記1の認定事実及び右2の説示を併せると、原告長谷川とオーバービートとの間で、平成一〇年九月一一日に、代金額を全体工事費の一二、三パーセントか最低一〇〇万円として、原告長谷川が本件設計等を請け負う請負契約が成立し、その後の一〇月七日に右両者間で右代金額を消費税込みで一五〇万円とする旨の合意が成立したこと、他方、原告会社とオーバービートとの間では、平成一〇年一〇月九日に、原告会社が本件内装鉄工事を消費税込みで八五〇万円の代金額で請け負う旨の請負契約が成立したことがそれぞれ認められる。

二  証拠(被告中嶋堅)によれば、本件バーの開店資金は、オーバービートの自己資金や他からの借入金等ではなく、すべてオーバービートの代表者である被告中嶋堅が個人的に借り入れを受けた資金によってまかなわれたこと、オーバービートには現時点においてこれといった資産はないこと、被告中嶋堅自身、オーバービートイコール同被告であると認識していることが認められる。そこで、右事実に弁論の全趣旨を併せると、オーバービートはバーの開店準備時期から現在に至るまで一貫して無資力の状態にあるものと推認することができる。

そうすると、原告長谷川は、本件設計等の代金一五〇万円とこれに対する弁済期の翌日である平成一〇年一一月一日以降の商事法定利率年六分の割合による遅延損害金が回収不能になったという損害を受け、他方原告会社も、本件内装鉄工事代金八五〇万円とこれに対する弁済期の翌日である平成一〇年一一月一日以降の商事法定利率年六分の割合による遅延損害金が回収不能になったという損害を受けていることになる。

三  そこで、原告らの右損害について、被告らが商法二六六条の三第一項の規定に基づき責任を負うかどうか検討する。

1  被告中嶋堅について

(一)  被告中嶋堅は、本件本人尋問において、本件バー開店の総予算は一二〇〇万円であったと供述している。同供述及び乙一(同被告の陳述書)によれば、右の予算には、什器備品、店舗建物の保証金、本件内装鉄工事を含む内装工事代金、照明・音響設備費用が入るとされており、右各証拠と弁論の全趣旨によれば、そのほかにも、前払家賃等、仲介手数料、家具、厨房器具、アルコール類の仕入、その他の食材の仕入、製氷機の購入費用、広告宣伝費、解体工事費、電子レンジ、冷蔵庫、砕氷機等の電気製品の購入費用、食器の購入費用、人件費(開店までに必要なもの)も、被告中嶋堅が供述する本件バーの開店の総予算に含まれるものと認められる。

右の費用のうち、解体工事費、電子レンジ、冷蔵庫、砕氷機等の電気製品購入費用、食器購入費用は本件証拠上不明であるが、相当額の費用が必要であったことは疑いがないから、一応、解体工事費を三〇万円、電子レンジ、冷蔵庫、砕氷機等の電気製品購入費用を二〇万円、食器購入費用を五万円、アルコール類の在庫分の仕入費用を二〇万円とそれぞれ控え目に見積もった上、支出された費用合計額を計算すると別紙計算書のとおり一二四三万七〇〇〇円となる。

(二)  もっとも、予算と実際の支出が一致するとは限らず、このような準備作業においては実際の費用は予算を上回りがちであると考えられる。しかし、本件における大口の費用(前記一1(一二)の(1)から(6)、(9)、(10)、(13))はあらかじめ見積もることができるものであり、その他の費用もおおむね予測可能なものであるから、前記の支出額は、これらの額を開店準備の際には予算として計上して資金計画を立てるべきものというべきである。特に、オーバービートのような設立間もない資金基盤の弱い個人企業的会社においては、この資金計画が適切なものでないと、取引相手に不測の損害を与え、会社の経営にも重大な障害を与える不合理、不正常なものということになるから、被告中嶋堅には事業開始に当たって適切な資金計画を樹立し、資金の裏付けをもって原告らと取引を開始する義務があるというべきである。

(三)  これを本件についてみるに、被告中嶋堅は、平成一〇年九月ないし一〇月に原告らに対し総額一〇〇〇万円に上る仕事を発注しこれを完成させたものであるところ、本件バーの開店準備においては、前示のとおり、本件設計等及び本件内装鉄工事以外の費用としてざっと見積もっても一二四三万円程の資金が必要であり、かつ、被告中嶋堅の供述によれば、オーバービートにおいては開店準備資金として一二〇〇万円を用意していたに過ぎないというのであるから、オーバービートは原告長谷川及び原告会社との間で履行の見込みのない取引を行ったと評価すべきである。そして、前示のような本件バーの開店準備に当たっての必要資金量は、バーを既に経営していた被告中嶋堅にとっては極めて容易に認識可能なものであったというべきである。したがって、オーバービートの代表取締役である被告中嶋堅は、少なくとも重大な過失により履行の見込みのない違法な職務執行をしたものと認めるべきである。

2  被告中嶋惇夫及び被告中嶋則子について

証拠(乙一、被告中嶋堅)と弁論の全趣旨によれば、被告中嶋惇夫及び被告中嶋則子は被告中嶋堅の両親で、新潟県に在住しており、被告中嶋堅から依頼されて取締役に就任したこと、被告中嶋惇夫及び被告中嶋則子は、オーバービートが準備していた本件バーの経営には全く関与していなかったことが認められる。しかし、前記一1に認定のように、オーバービートは本件バーを新たに開店するに当たり、本件バー等を経営することを目的に設立されたものと認められ、当然被告中嶋惇夫及び被告中嶋則子は被告中嶋堅からこのことを知らされていたものと推認することができる。

取締役は、業務執行を決定する取締役会の構成員であり、代表取締役の業務執行全般を監視して、業務の適正な執行を確保する職責を有するものである。とりわけ、会社にとって重要な事項は、取締役会の議決事項とされているから(商法二六〇条二項)、このような重要な事項については、取締役の代表取締役の業務執行に対する監視義務も当然重いものになるといわなければならない。

本件においては、本件バーの開店及び経営は、オーバービートの設立の経過、目的に照らせば、同会社の最重要事項であったから、取締役である被告中嶋惇夫及び被告中嶋則子には、その事項の取締役会の議決に関与し、代表取締役である被告中嶋堅の業務執行内容について十分監視する職責があったというべきである。そして、本件で問題になる資金計画ないし予算の策定は、今後のオーバービートの経営を左右する重要な事項であり、しかも、被告中嶋堅が立てていた資金計画は、前示のとおり、不適正なものであり、原告らに対する本件設計等及び本件内装鉄工事の発注が支払の見通しのないものであったから、被告中嶋惇夫及び被告中嶋則子が被告中嶋堅に対し右業務執行を任せきりにし、その結果原告らに巨額の損害を与えるに至ったことは、重大な過失に基づく取締役の監視義務違反に該当するというべきである。

前示のとおり、右被告らは新潟県に在住の者であり、オーバービートの日常の業務に関わることができない立場にあるが、同被告らが本件バーの開店準備のような、会社にとっての最重要事項にさえ関わることができないというのであれば、むしろ取締役に就任してはならないといわざるを得ない。

3  よって、被告らは連帯して、原告らが被った損害を賠償する義務がある。

第四結論

以上の次第で、原告長谷川の請求はすべて理由があるからこれを認容し、原告会社の請求は八五〇万円とこれに対する平成一〇年一一月一日以降の年六分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その他は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩田好二)

別紙<省略>

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